Software Design 連載 第36回 未来のエンジニアとの交流をはかった石巻ハッカソン

 

この記事は、技術評論社 Software Design 2014年12月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第36回

未来のエンジニアとの交流をはかった石巻ハッカソン

Hack For Japanスタッフ

及川 卓也 OIKAWA Takuya
Twitter @takoratta

高橋 憲一 TAKAHASHI Kenichi
Twitter @ken1_taka

鎌田 篤慎 KAMATA Shigenori
Twitter @4niruddha

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい”というエンジニアの声をもとに発足された「Hack For Japan」。今回は7月に開催された「第3回 石巻ハッカソン」の模様をお届けします。

石巻のアツい夏

2014年7月25日から27日にかけて、石巻ハッカソンが開催されました。今回で3回目となり、Hack For Japanにとっては毎年夏の恒例のイベントとなりつつあります。今年は「現在にこだわれ、未来をそだてろ。」というテーマが掲げられ、石巻の内外から多くの方が参加されました。東京からはもちろんのこと、北は札幌、西は大阪からも集まってくださいました。Hack For Japanでは、石巻のこれからを担う若い世代に良い刺激を与えるべく毎年このイベントに協力しています。

石巻街歩き

昨年までの石巻の外から参加された方から「もっと石巻を知りたい」という意見をいただいていたこともあり、今年は開発に入る前の初日に石巻の街を歩いてみるという時間が設けられました。初日の会場であるイトナブ石巻を徒歩で出発し、2011年3月11日の震災を体験したイトナブメンバーからどのくらいの高さまで津波が来たのかといった話を交えながら、石巻を一望できる日和山公園を目指しました(写真1)。

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写真1 街歩きの様子

石巻は津波により大きな被害を受けた地域であり、瓦礫も片付けられた現在は更地のように見える場所もありますが、震災以前の写真と比べて見ると改めてその被害が大きかったことを思い知らされます(写真2)。復興は進みつつありますが、まだまだこれからです。

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写真2 日和山からの風景

小学生アプリ開発チャレンジ

「石巻小学生アプリ開発チャレンジ(ISFC)」は、小学生1人にコーチとして大人が1人ついてアプリを開発し、ダウンロード数を競うという取り組みです。この石巻ハッカソンでの審査結果発表を目標に、2014年の1月末から続けられてきました。4組のエントリーがあり、それぞれUnityやCorona SDKを使ってゲームアプリを開発し、Google Play Storeにて公開しました。

当日までのダウンロード数によって審査が行われた結果、優勝は八重樫 蓮君の「Paper Plain」に決定しました。横スクロールのゲームで、紙飛行機を操作して障害物をよけながらゴールを目指すのですが、シンプルさゆえに病み付きになります。

中高生にプログラムを学んでもらう「IT Boot Camp部門」

スマートフォンも普及し、中高生の多くもそうしたデバイスを持つようになりました。また、教育の中でプログラミングを教えることの重要性も時代のニーズと共に高まってきています。石巻ハッカソンでは通常のハッカソンのほかに、中高生にAndroidアプリの制作を通してプログラミングを学んでもらうための「IT Boot Camp部門」といった部門を用意しています。

この部門は本誌2012年11月号、2013年12月号でも紹介しましたが、プログラミング経験がない、あるいは浅い中高生のために、教育分野での利用実績があり、また評判も教育効果も非常に高いCorona SDKという誰でも高度なスマートフォンアプリが簡単に開発できる開発キットを採用しています。Corona SDKはゲームなどの2次元アプリケーションの開発に適したもので、スマートフォンのタッチスクリーンを活かしたゲームが開発しやすくなっています。はじめてプログラムを経験するような中高生に、プログラミングを楽しみながら学んでもらうにはうってつけの開発環境だと言えます。

今年のIT Boot Camp部門の講師陣はCorona SDK Ambassadorの小野哲生さんと山本直也さん、Hack For Japanからは鎌田が参加しました。今年の参加者は石巻工業高校の生徒が中心でしたが、イトナブ石巻で小学生の頃からプログラムを学び始め、現在では中学生となった子やプログラムを学びたい大人も参加して、約20名のクラスとなりました(写真3)。

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写真3 IT Boot Camp部屋

アプリケーション開発の喜びを伝えたい

今回はあらかじめCorona SDKの開発環境を用意しておいたので、参加者は作りたいゲームの開発にすぐにとりかかれ、講師陣はそのフォローを行いました。そのため、初日からある程度の形になっている生徒も多く、イメージしているアプリケーションの形に完成度を高めていく作業に時間をあてられたようでした。昨年は開発環境の構築に始まり、サンプルコードをそのまま実装して少しずつ自分なりの修正を加えていく形でプログラムを学ぶ生徒が多かったのですが、今年は最初から自分のイメージするアプリケーションを開発できる生徒が多い印象を受けました。

とはいえ、まだキーボードの操作にも多少のぎこちなさがあるような、プログラムの学習を始めてから日も浅い生徒達です。読者の皆さんもプログラムを始めて日が浅かった頃をイメージしていただくとわかると思いますが、開発したいアプリケーションの形に近づけつつも、さまざまなところでつまずいてしまうものです。スペルミスやコピーとペーストを誤ってしまいアプリケーションが動かなくなってしまったり、英語で出力されるエラーメッセージを読まずに開発を続けてしまったりしてしまうところを、スペルの正しさを確認することや、キーボードの操作からエラーメッセージを読むことの大切さまで講師がひとつひとつ丁寧に指導し、開発の中で出てきた問題の解決を手助けすることで、短期間にも生徒の成長が見てとれました。プログラムのエラーで詰まったところが解決したときの感動は、開発の経験がある方なら誰もが経験として持っていると思いますし、その内容に違いこそあれ、人を成長させていく経験とも言えます。

初日から開発に集中して、2日目、3日目と過ごす中で、後半に入るほど細部まで作り込んでいく生徒も現れ、石巻ハッカソンIT Boot Camp部門も熱気を帯びてきました。今回はAndroidアプリということもあり実機での検証も行ったのですが、先に述べたとおり、昨今の中高生が持つ携帯はスマートフォンが主流ということもあって、多くの生徒が自分のAndroid端末に、作ったアプリケーションをインストールしました。これは筆者が中高生だった頃と比較すると大きな環境の変化でもあり、身近にプログラムを学ぶ環境がある時代になったと感じさせる一幕でもありました。

最終日の発表会の場では、生徒全員が自分の作ったアプリケーションがどのようなものかを短い時間で矢継ぎ早に発表するというスタイルをとりました。自信を持って発表する子もいれば、自信なさげな子もいましたが、第1回 石巻ハッカソンのIT Boot Camp部門に参加した中塩成海くんは、そこでの経験でプログラムを学ぶことの楽しさに目覚め、石巻ハッカソンの後もイトナブ石巻でプログラムを学び、今では後輩にプログラムを教える立場になっています。今回の石巻ハッカソンのIT Boot Camp部門に参加した彼らが成長し、プログラムの楽しさに目覚めることを願ってやみません。

大川小の思い出を写真で

石巻工業高校生の参加者の中には、IT Boot Campの部屋の中に混じって特別に編成されたチームが1つありました。2011年3月11日の津波発生時に避難が間に合わず、多くの生徒が犠牲となった石巻市の大川小学校の出身者の3人で構成されたチームです。彼らは東北TECH道場で導入時のハンズオン教材として使用している「未来へのキオク」の検索APIにアクセスするサンプルを活用して、大川小学校付近の震災前の写真を見られるようにするためのAndroidアプリの開発に挑戦しました。

ハッカソン一般部門

石巻ハッカソンの一般部門は、多くの人が馴染みの通常のハッカソンと同じです。テーマはとくに設けられていません。Webサイト制作でも、スマホアプリでも、ハードウェアとの連携でも構いません。また、制作物の用途もとくに指定されていません。ただ、石巻という場所柄、震災復興や観光などに絡むものが多かったように思います。やはり、せっかく石巻に来ているのだから、それにちなんだものをと考えたのかもしれません。

プロジェクトのアイデアはオンラインで事前に募集されていましたが、初日の午後にアイデアピッチの時間が設けられました。オンラインで登録していた人も、その場で急遽用意する人もいましたが、自分のプロジェクトにぜひ参加してほしいと全員熱く訴えかけました。脱線しますが、アイデアピッチの会場は新しいイトナブのオフィスだったのですが、真夏だったことと多くの人が同じ場所にいたこともあり、会場内も大変暑かったことを付け加えておきます。室外で風にあたったほうが涼しかったほどです。

実質的な開発は2日目から開始されました。各チームは会場となった石巻工業高校の教室に分かれて開発を行いました。初日のアイデアピッチにより組まれたチームが多かったようですが、「チームぼっち」とか「ぼっちソン」などと冗談めかして言うような個人プロジェクトもありました。チーム構成も学生と社会人、デザイナーとエンジニアなど、さまざまな組み合わせが見られ、各プロジェクトチームごとに特徴が見られました。初日が金曜日ということもあり、2日目から参加の人も多かったのですが、全員どこかのチームにすんなりと合流できたようです(写真4)。

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写真4 一般部門の一部屋

おなじみとなった昼のカレーなどでチームの団結を強めながら、初日は過ぎていきます。最初はお喋りの多かったチームもだんだんと口数が少なくなるなど、本格的に開発が進みます。会場でのハックタイムは夕方の6時で終了でしたが、その後も宿泊施設やイトナブなどで開発を続けたチームが多くありました。宿泊施設としては、昨年に引き続き公民館を貸し出していただいたので、ここに泊まった人は数班に分かれ銭湯や食事に行き、そして戻って開発をしていたようです。

成果発表

最終日もひたすら開発を行い、午後1時からは発表会です。小学生やIT Boot Campの中高生についでハッカソン部門の発表となりましたが、小学生やIT Boot Campの発表が素晴らしく、大学生や社会人のほうがむしろ緊張しているように見えました。

作品は音楽を題材にしたものから地図系のもの、そして本誌2014年9月号でも紹介した「Race for Resilience(世界銀行主催の防災・減災ハッカソン)」でスタートしたプロジェクトを進めたものなど、まさに世にあるソフトウェアを凝縮したかのようなさまざまなものが発表されました。ここでは入賞した作品を紹介しましょう。

まずは、Evernote社から贈られるEvernote賞。Evernote APIを活用した作品に贈られましたが、第2位がOCRと連携した単語帳アプリ。未完成ではありましたが、これからに期待との言葉が開発した東北TECH道場チームに贈られました。第1位は釣りに行く際に必要な情報を入手でき、Evernoteと連携して音声メモも可能にしたチームフィッシュの「ツリーク」へ。

次に、39worksからの39works賞が贈られたのは文化祭で行うスタンプラリーをiBeaconで行うもの。開発途中に廊下で入念にテストを行っていました。開発者はチームビーコン。高校生と社会人から成るチームです。このアプリを持ってビーコンに近付くと、展示物の説明が表示され、説明を読むことでスタンプがゲットできます。展示物の作成風景なども動画で見られ、スタンプを集めると文化祭で使えるクーポンが入手できるなど、そのまま商店街などでも使えるのではないかというアプリでした。

そして、ハッカソンの優勝チームはチームぼっち14。作品は「デンコちゃん」。開発者の浅井渉さんは「情弱という言葉が大嫌い」と言い、情報を必要とする人に届けてこそテクノロジの意味があると、インターネットを使えない人のために電話応答システムを作りました。読み上げられるメッセージやフローは事前にEvernoteで簡単に作成することができ、音声読み上げもEvernoteの機能を用います。災害時の情報提供や投票システムなどの応用が可能そうです。

ハッカソン優勝者の浅井さんには、東京と石巻の往復チケットが賞品として授与されました(写真5)。福島県会津若松に在住の浅井さんにはちょっと微妙な感じの賞品となっていましたが、そこは元気よく、「東京に行く際に往復とも石巻を経由するようにします」と話し、会場の笑いを誘っていました。

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写真5 浅井さんの受賞目録授与

来年も開催

来年(2015年)も7月24日から26日までの開催に向けて、すでにイトナブ石巻のチームは始動しています。本誌を購読されている腕に覚えのあるエンジニアの皆さまの参加をお待ちしております!

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Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino