Software Design 連載 第25回 今年の夏もアツかった! 〜石巻ハッカソン開催〜【その2】

この記事は、技術評論社 Software Design 2014年1月号の転載です。記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩

“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第25回

今年の夏もアツかった! 〜石巻ハッカソン開催〜【その2】

Hack For Japanスタッフ

鎌田篤慎 KAMATA Shigenori

Twitter @4niruddha

佐伯幸治 SAEKI koji
Twitter @widesilverz

高橋憲一 TAKAHASHI Kenichi
Twitter @ken1_taka

社会的課題をテクノロジで解決するためのコミュニティ、Hack For Japanの活動をレポートする 本連載。今回は前回に引き続き、復興支援イベントとして宮城県石巻市で開催された石巻ハッカソンについて紹介します。

前号に引き続き、7月に行われた石巻ハッカソンのレポートをお届けします。石巻ハッカソンは前号でお伝えしたIT Boot Camp部門のほかに、今回紹介するチャレンジング部門とどや部門の3つの部門に分かれて行われました。

事前のアイデアソン開催

チャレンジング部門とどや部門では、本番のハッ カソンの前にアイデアソンを行って、どのようなも のを開発するかのアイデア出しとチーム分けを事前 に行いました。当初はどや部門のみ、東京からの参 加者が多いこともあって東京でのアイデアソンを企 画していたのですが、それに触発される形でチャレ ンジング部門でも行おうということになりました。 この時点ですでに、百戦錬磨のどや部門の人たちが チャレンジング部門の人たちに良い影響を及ぼすと いう効果が出ています。

チャレンジング部門

写真1 チャレンジング部門の部屋

写真1 チャレンジング部門の部屋

この部門はアプリ開発を始めて間もない初級者か ら中級者を対象にしたものです。  参加者は昨年の IT Boot Campでアプリ開発に初 めて触れ、その後東北 TECH道場注1の石巻道場で も研鑽を積んできた高校生や大学生が中心となって いることもあり、普段は東北 TECH道場で講師を 務めている 4人(出張純也さん、谷口泰大さん、そ して Hack For Japanスタッフでもある小泉と高橋) がサポーターとして参加しました。  アイデアソンのときにできたチームだけでなく、 即席でプロのエンジニアと大学生で編成されたチー ムや地元石巻だけではなく岩手県立大学から参加し てくれたチームもありました。  主な開発プラットフォームは Javaでの Android アプリ開発でしたが、 Corona SDKを使う人、 iPhone アプリを開発する人もいました。また、端末ローカ ルで動くものだけではなく積極的に Web APIを活 用したり、サーバ側とアプリ側の実装を分担すると いう本格的な開発を進めるチームもありました。  ノートパソコンだけではなく外付けのディスプレ イとキーボードを持ち込み、どや部門の人たちを あっと言わせるようなものを作るぞ!と意気込む参 加者もいました(写真 1)。

 

どや部門

写真2 どや部門の部屋。ヘッドホンをして集中する場面も

写真2 どや部門の部屋。ヘッドホンをして集中する場面も

東京や遠くは大阪から腕に覚えのある皆さんに、 3日間で「どや!」言えるようなものを作ってもらう ことで石巻の若者を触発するべく参加していただました(写真2)。エンジニアだけでなくデザイナー の方にも参加いただいており、デザイナーがいると 最終成果の出来が違ってくるということを身をもっ て示してもらえました。  また、凄腕のエンジニアにはガジェット好きも多 いためか、 Leap Motionや某眼鏡型デバイスなどの 普段なかなかお目にかかれない最新ガジェットを持 ち込んでくれた参加者もおり、一時は IT Boot Camp部門やチャレンジング部門の参加者が興味津々でどや部門部屋に殺到するという場面もありま した。

 

ハッカソン以外の楽しみも

写真3 お昼のカレー支給の様子も

写真3 お昼のカレー支給の様子

今回はひたすら開発に打ち込むこと以外の楽しみ もありました。開催中に運営サイドの突然の思いつ きからカレーを作るプロジェクトが立ち上がり、急 遽“カレー部門”を結成。手作りカレーが振る舞われ ました(写真3)。ほかにも、石巻を訪れた方や在住 の方が集う「石巻復興バー」で飲みながら親交を深め たり、石巻を一望できる観光スポットの日和山公園 まで早朝にランニングをするなど、いろいろな形で石巻訪問を楽しみました。

 

いよいよ成果発表

最終日に行われた成果発表の結果です(写真 4)。

写真4 最終日の朝の様子

写真4 最終日の朝の様子

 

IT Boot Camp部門

IT Boot Camp部門では「ビリヤード」、「エアホッ ケー」、「太鼓をたたくと音が出る( Corona Wikiに も演習として出てくるものを発展させたアプリ)」、 「画面上に並んだ数字をボールではじき飛ばす」、 「シルエットの木に触ると鳥が飛んだり、時間が経 つとイベントが起こる時計アプリ」など、初めてプ ログラミングを体験した方がほとんどにもかかわら ず、多様なアイデアのアプリが発表されました。  また Kwik注2を使ったチームでは、「オス・メスを 仕分けるひよこ仕分けアプリ」、「ピンボール」、「石 巻の名産をモチーフにしたパズルゲーム」、「納豆を ひたすら混ぜて、回数が増えていくとイベントが発 生するアプリ」、「ボーリングゲーム」など、こちら もユニークな発想のアプリが発表されました。  この IT Boot Camp部門で優秀賞として選ばれのは、高校 1年生が制作した「画面上を逃げる顔文 字をタップして捕まえる鬼ごっこゲームアプリ」、 高校 3年生が制作した「先生のキャラクターを海の 底から救出するゲームアプリ」、別の高校 3年生が 制作した「先生のキャラクターをタップすると人形 のように触ることができるアプリ」です。これらの 作品は「アイデアが良かった」、「デザイン的におも しろい」、「工夫しようという試みがあった」、「発表 を見ている方たちが楽しんでいた」といった点で高 い評価を得ていました。  高校生の参加者が多かったこの部門では学校の先 生をネタにしたアプリがいくつか見られ、参加者の 笑いを誘っていました。

チャレンジング部門
写真5 チャレンジング部門の優秀賞受賞チーム

写真5 チャレンジング部門の優秀賞受賞チーム

チャレンジング部門では「未来へのキオク APIを 使い、どこにいてもご当地キャラが出入りし、タッ プすると現在の宮城の情報が得られる ARアプリ」、 「被災地でがんばるママ向けの子育て・食育系アプ リ」、「わんこそばをモチーフにしたゲームアプリ」、 「石巻のロゴをパズルにした落ちものゲーム」、 「Google Play ServicesのActivity Recognition API を利用して、徒歩、自転車に乗っている、クルマに 乗っているなどユーザの行動を表示するアプリ」な どが発表されました。  チャレンジング部門の優秀賞は「学スケ」と名付け られた学生用時間割スケジューラアプリです。この アプリは大学 1年生とプロのエンジニアのチーム (写真 5)により制作されたもので、“自分の欲しいア プリを作る”ことを意識したアイデアから生まれま した。“石巻工業高校の生徒に捧ぐ”とされたこのア プリは、「普通科の学校用時間割アプリでは機械製 図など特殊な教科が入力できず、自分の時間割を作 れない」という課題を解消することを目指しました。 時間割をみんなで共有でき、さらには宿題を忘れな いようにするアラーム機能も付いています。自分の 身近なところからの発想である点や完成度が評価されました。  作者の大学 1年生は昨年の石巻ハッカソンで IT Boot Campに参加した学生(当時は石巻工業高校 3 年生)の一人で、 Boot Campで触れた Corona SDK をマスターし、さらに Javaでの Androidアプリ開 発を学んでいるとのこと。今後が楽しみです。

 

どや部門

どや部門では「 Corona SDKのテストが行えるア プリ『 Corona SDK test runner』」、「きれいにデザイ ンされた背景色が選べるアラーム時計」、「防災に関 するツイートを発信するアカウント、特務機関 N(ネ) ER(ル) V(フ) の情報をまとめた『 NERVまとめ』サイト」、 「困ったこととその解決策を募る他力本願コラボ レーションツール『ポテンシャライザー』」、「国会議 員の所属政党履歴を gitで管理」、「ジオキャッシン グ注3において某眼鏡型デバイスを使って宝の場所 が通知されるアプリ」などが発表されました。さすが にプロの開発者たちが集まっている部門だけあって、 アプリやサービスの目的が明確かつデモのレベルも 高く、参加者はとてもいい刺激を受けたようでした。  印象的だったのは「 NERVまとめサイト」を作っ た石森大貴氏のプレゼンでした。石森氏は石巻市出 身で実家が被災されたとのことで、「石巻の中高生 や大学生にプラスになれば」と今回参加したとのこ と。石森氏は「自分で何かをやると世の中が変わる よ」ということを、震災時の停電を防ぐ目的で行わ れた特務機関 NERVのヤシマ作戦注4でのエピソードなども交えて話してくださいました。  どや部門における優秀賞は「ボクスケ」注5と名付 けられたアプリです。 3Dプリンタで出力できる 3D モデルを小学生でも作れることを目指したアプリと いう、とても難易度の高いアプリをハッカソンで形 にしてしまう圧倒的なレベルの高さで文句なしの優 秀賞でした。このアプリの素晴らしい点は、 3D CADで使われる z軸の難しさを解消した点にあり ます。 z軸を 2Dの色の濃淡で表現することにより、 直感的に 3Dモデルが作れるというものです。デモ においても実際にモデルを作るところから、 3Dプリ ンタで出力できる CADデータに書き出すまでが見 られ、まさに“どや!”という完成度ですべての参加 者に驚きを与えていました。審査員からの「今すぐ 投資を受けられるくらいのレベル」というコメント もその完成度の高さを物語っていました。

最後に

すべての参加者の成果発表が終わった後、この ハッカソンの主催者であるイトナブ石巻注6代表の 古山氏の総括が行われました。  「昨年の第 1回目と比べて思ったのは IT Boot Campのレベルの高さ。とてもクオリティが高かっ たと思います。また、どや部門は本当にどやでし た。同じ時間を使って開発して、これだけスゴイも のを作っている。上には上がいるのを実感できたの ではないでしょうか。また、チャレンジング部門で は昨年の IT Boot Campで初めてアプリ開発に触 れ、その後も継続して学んでいるメンバーが優勝で きたのがうれしかったです。これからももっと開発 者を目指す人の輪が広がっていってほしいと思いま す」  この 1年でここまでできるようになったというこ とに、古山氏は熱くこみ上げてくるものがあったよ うです。同じくこの 1年、 Androidアプリ開発の講 師として彼らをサポートして来た筆者(高橋)にとっ ても感慨深いものがありました。  こうして 3日間にわたる第 2回石巻ハッカソンが 幕を閉じました。  イトナブ石巻には「震災から 10年後の 2021年ま でに石巻で 1,000人の IT技術者を育成する」という 目標があります。今回のイベント後のアンケートで は、参加者の満足度、次回への参加意志ともに高 く、そのきっかけのいくつかを作るお手伝いができ たのではないかと思っています。  実は石巻ハッカソンの後、東京で“世界で一番面 白い街「東北・石巻」に学ぶコミュニティデザイン「なぜ震災後、石巻には『面白い人』が集まるのか?」 ”と いうトークイベントが開催され、イトナブの古山氏 に加え、 Hack For Japanスタッフの及川、高橋も ディスカッションに参加しました。そこで来年の石巻ハッカソンのスケジュール( 2014年7月25.27 日)が発表されるなど、次への動きがすでに始まっています。  この記事を読んで興味がわいた方は、ぜひ来年の 石巻ハッカソンへ参加してみてください。楽しく充 実したひとときを過ごせると思いますし、石巻の元気のある若者と触れ合い、ともに開発することは自分自身への新たな刺激にもなると思います。  それでは来年の夏、石巻で皆様をお待ちしております!


 

Column 〜 会場の石巻工業高校の 震災発生時の状況

2011年3月11日の震災発生時、今回の会場となっ た石巻工業高校の付近にも津波は押し寄せてグランド や校舎の中にも浸水し、残っていた生徒や職員だけで なく、避難して来た近隣の方々が孤立した状態が3日 間続いていたとのことです。わずかな食べ物と水を分 け合うもののすぐに底をつき、周辺道路の水がなかな か引かなかったために外から物資を届けることも難し かったという状況だったそうです。  今では当時のことが想像できないくらい通常どおり きれいな校舎になっていますが、こうして今回のよう なイベントを多数の参加者の皆さんと笑顔のもとで開 催できたことは、復興はもとより、前よりも良くする 未来へ向けた取り組みの1つなのだと思います。

脚注

注1)http://www.tohokutechdojo.org/
注2)Corona SDK用のPhotoshopプラグイン。インタラクティブな電子ブックなどを作るのに適している。
注3)GPS機能を備えた機器を使って現実世界で行うアウトドア宝探しゲーム。
注4)2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、節電を呼びかけるためにTwitterで広まった非公式キャンペーンのこと。アニメ『新世紀 エヴァンゲリオン』の作中に登場する同作戦名のエピソードになぞらえたもの。
注5)https://www.rinkak.com/voxke (その後、実際にサービスが立ち上げられています)
注6)http://itnav.jp/

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Updated on 2 24, 2013 by Seigo Ishino