Software Design 連載 第12回 復興マッピング活動

この記事は、技術評論社 Software Design 2012年12月号の転載です。
記事のPDFはこちらからダウンロードできます。 技術評論社のご協力に感謝いたします。

Hack For Japan

エンジニアだからこそできる復興への一歩
“東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい ”というエンジニアの声をもとに発足された「 Hack For Japan」。本コミュニティによるアイデアソンやハッカソンといった活動で集められた IT業界の有志たちによる知恵の数々を紹介します。

第12回
復興マッピング活動

Hack For Japanスタッフ
関 治之 Hal Seki
Twitter @hal_sk

 社会的課題をテクノロジで解決するコミュニティHack For Japanでは、ハッカソンを中心にさまざまな活動を行っていますが、今回はオープンストリートマップを使って被災地が復興していく過程を地図にマッピングするワークショップ、復興マッピング活動についてご紹介します。

東日本大震災の被災地の状況とニーズ

 Hack For Japanのコミュニティの中には、Hack For Iwate、Hack For Miyazaki、Hack For Fukushimaという各県ごとのチームがあり、Hack For Japan本体と連携しつつ活動を行っています。今回ご紹介するのは釜石や大槌を中心に活動しているHack For Iwateの活動です。
 東日本大震災で津波により被害を受けた地域では、まだまだ仮設住宅で生活している人が数多くいらっしゃいます。一方、お店を流されてしまった飲食店などが仮設店舗という形でお店を始めるなど、刻々と現地の状況は変わっていきます。しかしながら、必ずしも既存の地図サービスが最新の状況を反映しているわけではありません。とくに仮設店舗などはもともとあった場所から離れた場所で営業を再開するケースも多く、そのため手描きの地図を作って配布をしているようなエリアもあります。
 実際にヒアリングした中では、そのような仮設店舗や営業中のお店について書かれた地図を、ホテルなどで配りたいといったニーズがありました。しかし、手描きのみで見やすい地図を作るのはスキルも必要ですし、更新の手間もあり大変です。
街に住む人が自分たち自身で簡単に地図を更新していくことができれば、既存の地図サービスに反映されるのを待つ必要もなく、高い品質の地図を配布できます。また、自分たちの街が復興していく過程を地図に落としていくという活動を通じて、さまざまな気付きを得ることができます。
 そこで、誰でも自由に編集し利用できる地図サービスである「オープンストリートマップ注1」を使った地図制作ワークショップを通して、地元の人たち自身で地図を編集できるようになってもらおうというのが復興マッピング活動です。

オープンストリートマップとは?

 オープンストリートマップ(以下、OSM)とは、誰もが自由に編集、利用できる地図を作る世界規模のプロジェクトです(図1)。世界中に70万人を超えるユーザがおり、日々地図の編集作業が行われています。OSMのWebサイトでは実際にその地図を閲覧することができます。一見Google Mapsなどのオンライン地図サービスのように見えますが、大きく違うのは、OSMの地図はユーザみんなで作り上げた地図であるということです。地図に間違いを発見した場合には自分自身で修正することが可能です。オンライン/オフラインで地図を編集できるさまざまなツールがオープンソースで公開されており、パソコンとインターネット回線さえあれば、ちょっとしたレクチャーを受けるだけで地図を作成できるようになります。地図データそのものがOpen Database License(ODbL)というライセンスでオープンに提供されており、商用/非商用問わず誰でも利用することができるのも特徴です。有名なところではFoursquareやYahoo! Japanのサービスの中でもOSMの地図が使われています。
 日本でも徐々にユーザの数が増えてきており、2012年9月にはOSMの年次国際カンファレンスであるState of the Maps(SotM)が日本で開催されました。日本語の情報はOpenStreetMap Japan注2で見ることができます。



図1 OSMの編集画面

復興マッピング活動の内容

 筆者はHack For Japanのメンバーであると同時にOSMの日本での活動を支援する「オープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン注3」(OSMFJ)のメンバーでもあります。OSMの活動の中には、マッピングパーティと呼ばれるものがあります。OSM初心者や経験者が集まって実際にOSMを編集するワークショップを開くイベントです。
 復興マッピング活動は、現地の人と一緒にそのマッピングパーティを開くことで、被災地域の人たちが自分たち自身で地図を更新し、活用していくことを後押しする活動です。東京からもOSMのコミュニティやHack For Japanのメンバーが参加し、過去何回かマッピングパーティを開催しています。
 ワークショップの内容は、OSMの説明、GPSロガーの使い方やログの採取方法、ノートのとり方の説明、アカウントの作成方法、編集のしかたなどです。復興マッピングの場合は、おもに店舗のオープン/クローズ情報の収集を行います。以下にこれまでの活動の履歴をご紹介します。
第1回:2012年3月20日 Hack For Iwate Vol.4
 本イベントについては、本連載の第6回「復興していく街をOpenStreetMapに記録する」にて、Hack For Japanの高橋憲一さんがレポートをしていますので詳細はそちらでもお読みいただけます。
 OSMFJの古橋大地さんにリードを取ってもらい、OSMの勉強会を行いました。ワークショップの参加者は、当初の定員を大きく上回る総勢43名。岩手県沿岸地域、東京、そして広島などからもご参加いただいた結果、釜石地域のかなりの情報を入力することができました。この模様はHack For Japanのブログ注4でも内容を紹介しています。
第2回:2012年5月12日 Hack For Iwate Vol.5
 第1回から約2ヵ月後、「復興していく三陸の店舗を記録しよう!ワークショップ Vol.2」として、地図を紙に印刷して活用するワークショップを行いました。この回では「Walking Papers注5」というしくみを利用しました。印刷したOSMの地図をいったん印刷し、赤字を入れたものをスキャンすることでOSM側に下絵として取り込むことができるツールです(写真1)。 



 写真1 Walking Papersで取り込んだ釜石地区のサンプル

  このイベントの中で、OSMの地図を見やすい形で印刷できるようなツールが欲しいという要望があがり、そのようなツールを作るという目標ができました。OSMから店舗を選択して強調する形で綺麗な地図に印刷できれば、常に最新の状態の案内地図を配布することができるようになります。この印刷地図プロジェクトは結果的に筆者が引き継いで進めており、MapOSMatics注6というツールをベースに開発を行っていますが、まだ完成に至っておりません。もしご興味ある方は筆者までご連絡ください。
第3回:2012年9月1日、2日 Hack4Iwate復興マップスペシャルイベント
 今年の9月6日~8日に、State of the MapというOSMの国際カンファレンスが東京で行われました。国際カンファレンスということで世界中からマッパーが集まったのですが、その参加者の中から希望者を募って、実際に被災地を視察してもらいつつ、地元のマッパーたちとの交流や意見交換を行おうという趣旨のイベントを開きました。OSMの中にはHOT(Humanitarian OpenStreetMap Team)という、クライシスマッピング注7を中心に活動しているチームがあるのですが、そのチームで中心的な役割を担うKate Chapmanさんを始め、ITO World CEOのPeter Millerさんや、アフガニスタンでマッピング活動を行っているHameed Tasalさんなど、世界的に有名なマッパーが集まりました。中には、5年ほど前まで石巻の小学校で英語を教えていたという方もおりました。
●1日目
1日目は、現地の方の案内で被災地を巡りました。釜石、大槌を中心に回りましたが、根浜海岸の旅館、宝来館では、自身も津波にさらわれかけた経験を持つ女将さんの話をうかがいました。宝来館がある集落では津波により64軒が破壊され17人が亡くなったのですが、ほとんどはハザードマップのボーダーラインより上の、昭和8年の津波が来なかった位置に住んでおり、そこまで津波はこないと思っていたために逃げ遅れて亡くなったそうです。
女将さんの言葉で、「外国の方によくこう言われる。『三陸の人は愚かだ。何度も津波で大きな被害にあっているのに、どうして同じところに住むのか』と。私たちは自然から逃げるのではなく、共生して生きている。その共生している場所がふるさと。こういう生き方しかできない。でも命さえあれば、日本は何度でも再生させてくれる。再生するために支援してくれる。日本とはそういう国だ。だから、何があっても乗り越えて行く姿を私たちは見せたい」という趣旨の発言があり、ゲストの方々はとても真剣に聞いてくれていました。
その後開かれた懇親会の後、ホストの岩切晃子さんの家にゲストと共に泊まったのですが、そこでも話はHOTチームが見てきた他の被災地との比較や日本の文化に関する話題などで盛り上がりました。
●2日目
2日目はいよいよマッピングです。陸前高田と、釜石近くの平田地区にある仮設住宅をマッピングする班と分かれて行動しました。
住民の方々の迷惑にならないように注意しつつ、外国人ゲストの「あの設備はなんだ」「あの看板にはなんて書いてある」などといった質問に答えながら、仮設住宅の生活などについて説明していきます。GPSロガーに印をつけたり、紙に詳細を記載したりしながら1時間強をかけてマッピングを行いました。コミュニティスペースや仮設店舗モールがあったり、住人同士のコミュニケーションを促進するよう、玄関が通路に面して向かい合っていたりといった工夫が見られ、一口に仮設住宅といっても地域ごとにさまざまな工夫があることに気付かされます。
昼食後は「インターネットde Cadatte(かだって)」に集合してマッピング。皆集中して編集をしていきます(写真2)。さすが、HOTチームは編集作業に慣れているだけあって、どんどん地図ができあがっていきます。Peter Mellerさんに、ローカルマッパーに向けたアドバイスをいろいろとしていただきました。最終的に平田地区のマップは図2のようになりました。仮設店舗や運動場、カフェ、パーキングなどもしっかりと入力されています。



写真2 OSM編集中




図2 編集後の平田地区




写真3 マッピングパーティ終了後にメンバーで


 最後にゲストの方々から、アクティビティについての感想をもらいました。彼らが言っていたことの中で印象に残ったのは、「日本は他の地域に比べると、被災地に引き続き住もうとする人たちに対する周囲のサポートが手厚い」という感想でした。彼らはハイチ地震やその他の地域でも活動をしているのですが、たとえばハイチやアメリカなどでは、一度災害にあって人が住めない状態になった場所というのは、そのまま放って置かれることが多いそうです。そこで住んでいた人たちは別の場所に移住していきます。日本の場合は、国も周囲の人たちも助けあって、できるかぎり復興を行おうとします。また津波が来るかもしれない場所に引き続き住むことを選択した人たちを、まわりの人たちもサポートする。このことは、海外から驚きの目で見られたそうです。
 また、小学校での避難訓練、耐震基準など平時から災害に備える体勢や、「津波てんでんこ注8」に表されるような、いざというときの心構えが生活と一体となっている事例にも驚いていました。イベント時の話から逸れますが、今年10月に参加したTEDx Sendaiでサプライズゲストとして登場した世界銀行のジム・ヨン・キム総裁が行ったスピーチの中で、世界が日本から学ぶべきこととして、「備えること。災害に耐性をもった街づくりを行うこと」を挙げており、まったく同じ趣旨であると感じました。
 日本の事情や状況について、現場レベルの実例を多少なりとも海外の方へお伝えできたことは良かったと思っています(写真3)。このアクティビティについて、OSMFJの瀬戸寿一さんがSotMで発表していますので、ご興味ある方はぜひスライド注9もご覧いただければと思います。

今後の展望

 さて、復興マッピング活動はまだまだ続きます。引き続き被災地でのワークショップを続けるほか、入力したデータから必要な情報だけを取り出して印刷するソフトウェアを開発したいと思っています。釜石地区でモデルケースを作った後は、他の地域へも広げていきたいと考えています。もしこの活動にご協力いただける方は、Facebookページへご参加ください。よろしくお願いいたします。

脚注

注1)OpenStreetMap
注2)http://osm.jp/
注3)http://osmf.jp/
注4)http://blog.hack4.jp/2012/04/hack-for-iwate-vol4.html
注5)http://walking-papers.org/
注6)http://maposmatic.org/
注7)災害などの危機的状況を地図上にマッピングする活動のこと。
注8)三陸地域に伝わる教訓。「津波が来たら、取る物も取り敢えず、肉親にも構わずに、各自てんでんばらばらに1人で高台へと逃げろ」という意味。
注9)The Possibility of OSM Usage through the Mapping
 
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CC-BY-NC-ND
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Seigo Ishino,
2013/02/23 17:22
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